( 2013年1月インテのペーパーに書いた超短いSS。
正しくは「ちょこっと落描きとちょこっとSSなペーパー」で、
落描きはFILM ZだったけどSSは全然映画と関係なかった )


イッツノットハートウォーミング
2013.1.7


 海賊狩りのロロノア・ゾロは、驚くことに、実は寒がりらしい。

 いや、信じられないのも無理はない。かく言うおれも、ついこの間まで知りもしなかったのだ。―――別に、藻類が暑がりか寒がりかなんて、興味もねぇけどな?
 それにしたってあの、以前は年じゅう半袖丸首シャツ、今だってずるずるの着物(?)の前袷も常に開けっぱの薄着男が、寒がりだなんて誰も思いもしねぇだろ。―――ったく、誰に見せつけたいんだよそのムキムキの胸筋を。無防備な胸元からちらりと見えて嬉しいのはナミさんやロビンちゃんの谷間だけであって、テメェが胸元開けたところで誰も喜びゃしねェっての。
 だいたいこれまで通ってきた冬島やら冬気候やらの地帯でもコートすら滅多に着込まずにシントーメッキョクとか謎の呪文唱えては半裸で乾いたタオルで身体こすってたくせに、実は寒がりとか笑えるのを通り越して意味不明だろ。なんでせっかくいつでも入れる風呂があるのに、わざわざ外で身体洗う必要があるんだよ。しかもタオル濡らしてないんじゃ洗えてもいねぇし。

 だがしかし、この状況は他に説明のしようがない。
 こいつが寒がりでないなら、これは一体なんだというのか。

「―――って言うかよォ…おれより適任いるだろコレ、明らかに…」
「あ?」

 サニーは三日ほど前から、恐ろしく寒い海を航行中だ。
 冬真っ最中の冬島だの、深海の極寒層だの、寒いところもそれなりに行ったつもりのおれたちだけど、ここの寒さは経験したことのない種類の冷え込みようだった。
 しんしんと冷える、とはこのことかと改めて実感する。なにしろ海はどこまでも氷混じり、でかい流氷が浮いているわけではないから船体に危険はなくて航海そのものは楽だが、代わりに海面の半分以上はみぞれ状に凍っているのだ。まるで溶けかけたかき氷かフローズンダイキリのうえに浮かんでいるような格好ですでに三日目、何もかも芯から冷え切った船の上では火のそばにいるかクルー同士で固まっているかしか暖をとる術がない。
 骨とロボを除外して、船長鼻タヌキの三匹は常にダンゴ状態でダイニングに転がっている。基本的に火を一番使うのがキッチンだからだが、あまりに寒すぎて盗み食いをする気力も沸かないらしいのは幸いだ。
 麗しのレディお二人はウソップ謹製の『着る毛布EX』――寝袋みたいな筒状の毛布に控えめパワーのヒートダイアルを仕込んでいるらしい。暖かいのはいいけど気持ち良すぎて一歩も動きたくなくなるのが難点だわ、と好評だ――に全身を潜り込ませて、やはりダイニングでストーブにあたっている。
 ダイニングに見当たらなかったのは一人だけ。燃料の無駄遣いは許されないからダイニングとキッチン以外に熱源はない船の上、一体どこで凍ってやがるのかと探しに出てみれば、こいつは今日もいつもの巣でいつも通りの平常運転だった。つまりはジムで酒をかっ食らってやがったのだ。
 酒を呑めば確かに火照って温まったような気にはなるかもしれないが、結果的には水分を失って身体を冷やす。いくら頑健このうえないアホ剣士でもこの海域で深酒は危険だと、ポットに入れてきた生姜湯を押し付けたら、受け取るついでみたいに腕を掴んで引き倒された。
 これで三回目。昨日と、一昨日。
 文句を言う暇もなくゾロの足元にあった毛布にくるんと包まれ、両脚をくいっと折りたたまれて毛布の中に押し込まれ、ついで両腕も揃えてやっぱり毛布の中に納められて、全身をひょいひょいと文字通り丸め込まれたおれは、ころんとゾロの膝に収納されてしまう。
 三回目ともなると、またかよ、と騒ぐ気も失せるというものだ。

「よっぽど寒かったんだなァ…だから下にいりゃいいのによ」
「何言ってんだ?」

 離せと抵抗する気力も削がれるのは、この体勢で抱え込まれてしまうと暖かすぎて抜け出すのが困難なせいもある。おれの体温で暖を取っているのはゾロのほうのはずなのに、ゾロの身体は妙にほかほかなのだ。

「てめぇ、今日も冷えてんなぁ」
「じゃあ離せよ…抱えてても意味ないだろ?」
「ないわけねェだろ」

 自慢にもならないがおれの手足はもともといつもひんやりしているのが常で、湯たんぽ代わりにするには全く適していないと思う。
 ダイニングに下りてルヒウソッチョだんごに混ざれば大歓迎されるだろうし、ゾロ本人もきっとその方が暖まるはずなのだが、今こうしてここでおれを抱え込んでいるのは、よほどこの冷え込みに切羽詰まっているのだろうか。
 ―――まあ考えてみれば、極寒の地の生き物ってのはだいたい脂肪をたっぷり貯えているもんだ。その点、全身を筋肉で覆って最低限以下の脂肪しかつけていないこの筋肉マリモには、この寒さは堪えてしかるべきなのかもしれない。
 ぬるま湯でも、お湯はお湯だ。ほかほかではないおれでも、湯たんぽ代わりに無いよりはマシなのかもしれない。
 そんなふうに思うと、この腕の中から抜け出そうともがく気にもならなくなる。もうこれで三回目となるとキモいと言って暴れるのもいまさらだし、なによりぬくいし。
 こんな暑苦しいツラをしているくせに、寒がりだなんて気の毒なヤツだ。さほどほかほかでもないおれを抱え込んで毛布をかぶって、生姜湯をちびちび飲んでるなんて。
 可哀そうで、ひとり放って出ていく気になんてなれない。

「…お前も飲めよコレ。熱くて美味ェぞ」
「ったりまえだろ、おれが作ったんだから…」
「あー、いいから飲め」
「んー」

 ほこほこの腕の中にいるのでもうそんなにひどく寒さを感じてもいないのだが、魔法瓶の中で湯気をたてる生姜湯は魅力的だ。
 レディたちにサーブしたジンジャーティーとは別に作った、生姜の搾り汁とちょっぴりの蜂蜜とスパイスだけの、シンプルな飲みもの。腹の底からじんわり暖まるはずのそれは、しかしお子ちゃま味覚の多い男共には敬遠されていて、ほとんどクソ剣士専用の配合になってしまっていたりするのだが、ひそかにおれ本人も気に入っている。
 湯呑みに注がれた生姜湯を受け取るために毛布から手を出そうとしたら、なぜかゾロが眉を顰めた。

「…なんだよ?」
「出すんじゃねェよ、手ェ冷えんだろーが」
「はァ?」

 意味が分からん。
 出そうとした手をつい止めて、むすっとした顔を見返す。かなり近すぎる距離だが、不思議と嫌悪感は覚えなかった。

「飲めっつったのはお前だろーが」
「おぉ、飲め。だけど手は出すんじゃねェよ、せっかくちっとはあったまってきたとこだろーが」
「……手ェ無しでどうやってソレ飲めっての、お前…」

 おれが言うと、マリモ剣士はおお、それもそうだな、と困ったような顔をした。いや、アホなの? 本気で気付かなかったの?

「でも手ェ出すと冷えるだろ」
「そりゃ冷えるけど、仕方ないだろ」
「仕方なくねぇよ」

 一体、こんな密着して何を言い争っているんだろう、と思わないでもないが、ゾロはどうにも真剣な顔つきでおれを毛布で包み直して、厳重におれの両手を毛布の下にしまいこんだ。
 おかしい。そういえばおれは全身を一枚の毛布でぐるぐる巻きにされていて、そのおれを抱え込んだゾロがもう一枚の毛布をかぶっているのだが、よく考えるとこれは、おれが二枚の毛布をかぶっていて、寒がりのゾロが一枚しかかぶっていないことになるのではないだろうか。
 いくら痩せ我慢が趣味のクソマリモでも、それはちょっとおかしくないか?

「お、そうか。こうすりゃいいな」

 首を捻って混乱中のおれにゾロが、口開けろ、と言う。
 反射的に開いた唇に、熱い湯呑みのふちがそっとあてられた。

「え、ちょ…」
「こぼすなよ?」

 ぴりっと熱くてほんのり甘い生姜湯は自分で作ったもののはずなのに、なにか知らないものを飲まされているような気がした。



 ゾロが寒がりどころか寒暖に鈍すぎて感覚中枢のどこかがおかしいんじゃないかと船医に疑われるレベルだと知ったのは、それからしばらく後のことだった。


END





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