( 2012年4月大阪大宴海のペーパーに書いたSS。
女体サンジ注意、だけど女体である必然性は皆無 )


ZxS♀なペーパー
2012.4.29


[ ミニクイアノコ ]




「おまえって、ホンット変な顔だよな」
 いつもの時間、いつもの場所で、コックがいつものように呟く。
 時間は朝、というか午前。朝食はとっくに終わっているが昼食の支度にはまだ早い。うっかり起き損ねて朝飯を食いはぐった剣士を蹴り飛ばしに来るのがコックの日課だ。
 とはいえ親切に朝飯を食わせてくれるわけではない。叩き起こされたゾロはそのまま昼食の時間まで腹の虫を大鳴きさせているのが常だった。
 場所は後甲板。メリー時代と同じく蜜柑の木陰が定位置で、早朝の鍛錬後の二度寝にこれ以上の快適な場所はない。
 そしてコックの呟きは、もはや口癖のような毎日の嘆きだった。
「眉毛は細すぎるし」
(―――てめぇは巻いてるな)
「目も細すぎるし」
(―――てめぇは垂れすぎだな)
「なのに三白眼だし。」
(―――てめぇも睨み効かすと垂れ目のくせに三白眼だよな)
「口はたらこみてぇだし」
(―――ウソほどじゃねぇがな)
「鼻筋通りすぎだし」
(―――それもロビンにゃ負けるな)
「あーぁ…―――ほんと変なカオ…」
 ぐす、となぜか洟をすする音までする。
 これも毎日のように繰り返される習慣みたいなもので、ゾロは今さら動じたりはしない。だがそろそろ止めてやった方がよさそうだ。
「オイ、分かったからいい加減にしろ」
 ゾロの正面にしゃがみこんだサンジが、両手でぺたぺたとゾロの顔に触りながら半ベソをかいている。なにこのでかい鼻の穴、とか言いながら。
「おれは鏡じゃねぇんだぞ、アホ。いちいち泣くな」
「だってー…―――」
 ぐし。唇をかみしめた顔は、この可愛い女でもまァみっともない部類に入るかもな、とゾロは内心で笑った。



 麦わら一味の女料理人は、それはそれは凄腕だ。
 料理の腕は言うまでもなく、戦闘力でも船長に次ぐ位置を常に剣士と競うほど。頭もそれなりに切れ気転も利く。
 ただし、見た目がどうしようもなく冴えない。
 ―――と、サンジ本人は思っている、らしい。
 思い込んでいる、というべきだろう。理由を知る者はサニー号にはいないが、とにかくサンジは自分の容姿―――特に顔の造作に、強固なコンプレックスを抱いている。
「今日も泣いてたわね」
「だなぁ」
 ナミとウソップは前甲板でのんびりと風を受けている。風は順風、空は晴朗。爽やかな昼前のひと時だが、若干、後甲板の空気が気になる。
「どーにかならないのかしら、アレ」
「どーにかしようと思ってどーにかなるもんなら、とっくにどうにかなってるような気もすんなぁ」
「それもそうね…」
 サンジのコンプレックスは相当昔からのものらしく、ナミもウソップもメリー号に彼女が乗ってきた当初からそれをどうにか解いてやろうとあれこれ気を揉んだのである。自分が絶望的な不細工だなんて思いこみがどこから生まれたのだか、探りを入れたこともあった。
 だが結果としては、サンジの頑固さにナミもウソップも匙を投げた格好だ。強固な思い込みの根っこは掴めないまま、現在もサンジは自分の容姿を日々嘆いている。
 他人に対する態度にそれが表れることはほとんどないので、もう放っておいてもいいかと最近は思い始めていた。サンジは人前では自分を卑下したりしないし、私なんかブスだから、みたいな不快なセリフを吐いたことだって一度もない。ただ一人のときに鏡を覗き込んで、深い深い溜息を吐くか、ほろりと涙をこぼすか、そんな感じなので。
「あいつ、美人なのになあ」
「ね。あんなに可愛いのにねー」
 何百回口にしたか分からない言葉を、今日も言いあう。
 初めのうちは本人にも何度も何度も何度も何度も言ってやったのだが、言えば言うほど本気にしてくれないことが分かったのでいつの間にか言わなくなった。慰めてくれてありがとう、くらいにしか思ってくれないのだ。言うだけ頑なにさせてしまうだけなのでないかと、近頃では逆に口に出さないように気をつけている。
 だがサンジは、実際にはナミやロビンと並べても遜色ないくらいには綺麗な容姿をしているのである。それぞれ系統の違う美人だが、麦わらの三人の女はいずれも甲乙つけ難い、というのがこれまで麦わらに関わってきた人々の共通認識のはずだ。
 なのにサンジは、毎日鏡を覗きこんではしょんぼりと肩を落とす。
 審美眼が根本からおかしいのかと疑ったこともあるが、自分以外の美女を褒めたたえる時のサンジの言葉はいつも的確だ。綺麗なものに対する感覚は常人よりも鋭いようにさえ思えるのに、自分の容姿に対してだけそれが狂うというのは、いったいどんな作用によるものなのだろうか。

 その疑問は、サンジに恋人ができてからはさらに深まることになったのである。



「なにこの、ぺったんこの耳」
 きゅ、とゾロの両耳を両手の指でつまんで、サンジがぷく、と頬を膨らませた。
 毎日毎日、サンジはゾロの顔や容姿に何かとケチをつける。
 二人きりのときだけだし、恋仲になる前には一切なかったことなので、ゾロにはむしろちょっと面白く思える。ケチをつけているというよりは、ゾロの顔のパーツをひとつひとつ確認しているような口調だ。
 いちいち指でなぞっていくのも面白い。だがあまり放っておいて続けさせていると、いずれぐしぐしと涙声になってくるので適当なところで中断させてやらなければ。
 寝ぼけつつぼんやりとそう考えていると、指ではないものが顔に触るのを感じた。
 目蓋を細くて柔らかい何かがすいっとなぞっていく。ああン?と思って目を開くと、「あ!」とサンジが叫んだ。
「こらっ、いきなり目ェ開くなよ!」
「―――何やってる」
 サンジの右手には何やら細い筆のようなもの。左手には絵具のパレットみたいなカラフルな板を持って、ゾロの膝に跨っている。
「…おい」
「だって、ゾロ、目つき悪すぎるから! もちっとぱっちりしてればもー少しマシかなって!」
「…こら」
「眉毛も細すぎっから! もっと太くてどっしりしてた方が凛々しいぞ!」
 人の顔にぐりぐりと何を描いてやがる、ゴルゴ眉にでもするつもりか。
「おれの顔は黒板じゃねェぞ」
「だって…―――!」
 サンジの両手の妙な道具をささっと取り上げて、手摺りの向こうに放り投げてやった。サニー号は高さがあるので小さな水音は聞こえないが、おそらくぽちゃんと音を立てて沈んだだろう。
 サンジはまったく化粧をしないし、ナミやロビンが自分のものをこんな遊びに貸すわけがない。棄てても構わないだろう、とこんな時には頭の回るゾロである。
「あー! せっかく買ってきたのにー!」
「…わざわざ買ったのかよ。てめぇ使わねェくせに」
「ん、前の島、でっかい百ベリーショップあって」
 百ベリーで何でも売ってんだよ、マジで。あれなんかシャドウ24色にブラシも付いて百ベリーだったんだぜ、ナミさんとロビンちゃんにはいらないって言われちゃったけど。
 言いながら濡れたタオルでゾロの顔を拭いている。きっちりタオルを準備しているあたり、怒られることは予想していたらしい。当たり前といえば当たり前だが、一体何がしたいんだか。

 以前は洗面所や風呂場で鏡を見ては一人ぐすぐす泣いていたサンジは、ゾロと恋仲になってからはその対象を半分、ゾロの顔に移した。
 鏡を覗くみたいにゾロの顔を眺め、ひとつひとつにケチをつけていく。
 ゾロはそれを、咎める気もなければ、やめさせようとも思っていない。

「取れたか?」
「ん、…―――やっぱり変な顔」
「そうか」
 いーからお前、もーちっとこっち来い。
 すでに自分の膝に座り込んでいるサンジの、腰に手を回しながら言う。
 鼻と鼻がぶつかりそうな距離でじっと見つめあうと、ちょっと寄り目になったサンジがぷっと吹き出した。
「面白い顔ー」
「お前もな」
 ふふん、とゾロも軽く笑う。
 顔なんか美しかろうが醜かろうがどうでもいい。見つめ合って、笑って、キスをして。それでずっと一緒にいられれば、何の不足があるだろう。



「あんたと付き合ってても、サンジくんのアレ、全然治んないわねー」
「あ?」
「あんたちゃんとサンジくんに、きれいとか可愛いとか言ってあげてるんでしょうね?」
「なんだそりゃ。言うわけねェだろ」
 なんですって! と目を吊り上げるナミを、ゾロは不思議そうに見返した。
「言ったところで信じやしねぇだろ。だいたいお前、おれがそんなこと言うと思ってたのか」
「…想像したら鳥肌立ったわ…」
 午後のおやつ時にふさわしくない寒気に、ナミはぞくっと肩を震わせる。
「おれとあいつは世界一の不細工カップルだと思ってるらしいからな、あいつ。んなこと言っても白々しいって一蹴すんのがオチだろ」
「何それー…」

「それくらいのほうがおれとしては好都合だな。他の男のつけいる隙もねェだろ」

 あんたにしては結構コスいこと考えてんのね、とナミは思ったが、口には出さずにアイスティーで流し込んだ。
 この万事に自信満々の男がそんなセコイことを考えてしまうのも、ある意味、愛のせいなのだろう。
 サンジにはちょっと、気の毒だけれども。


END





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