( 2012年1月インテのペーパーに書いた超短いSS )

よいざましなペーパー

2012.1.8


 ロロノア・ゾロに酔い醒ましは必要ない。
 なんとなればいくら飲んでも酔わないからである。だから酔い醒ましを口実に広間の隅のテラスへ一人足を運んだのは、盛り上がる一方の宴会の騒々しさから少しばかり離れて静かに飲みたい気分になったからだった。
 楽しげな宴は続いている。竜宮城の酒蔵から運び出されたとっておきだという酒はどれも長く熟成された深い味わいで、この上なく気分がいい。
 そういえばうちのヨメが、海底で熟成させるワインがどうこう言ってたことがあったっけ。地上にあるものの数倍の早さで熟成が進むとかなんとか。
 ふと思い出して、ゾロは眼下の広間をざっと見渡した。相当広い宴の間は文字通りにタイやヒラメの舞い踊り、そこらじゅうに光る金銀サンゴの装飾も眩しく、目立つはずの金ピカ頭もすぐには見つからない。
 だがまあ、この下のどこかにはいるだろう。さすがにいきなり厨房に籠ったりはしているまい。

 うちのヨメは、誰にでもメシを食わせたがるのが珠にキズだな。

 常々ゾロはそんなふうに思っている。本人の意思なのでどうしようもないが、周りを巻き込んだ大きな宴会のたびに大量の料理をほとんど一人で賄い、誰にでも振る舞ってしまうのは感心しない。
 あれは自分の嫁なのだから、本来、自分のためにだけ料理をするべきで、その飯は自分にだけ食わせるべきなのだ。
 だから今日、若い人魚たちに囲まれてあれもこれもと差し出されるままに飲んだり食べたり目をハートにしたりしているアホを眺めて、ゾロは実は大変満足していた。大きな事件のあとの宴会でただもてなされるアレを見るのは、アラバスタ以来ではないだろうか。ずいぶん昔のことのように思える。
 いつもあんなふうにしていればいいのだ。誰にも彼にも料理を作って食わせる必要など、本当はどこにもない。

 アレの料理を食う権利は本来なら、自分だけにあるのだ。
 なぜならアレは、自分のヨメなのだから。

 まあ、百歩譲って一味の仲間たちが毎日食うのは良しとしよう。船のクルーはゾロにとっても家族のようなもので、ヨメが嫁いだ先でその家族の食事を作るのは、普通のことだから仕方がない。
 だがそれ以外の他人については話が別だ。
 ただでさえ二年ぶりの再会からこっち、いろいろあってまだアレの手料理を口にしていないのである。だというのにこの宴会の料理までアレが作ると言い出したりしたら、ゾロは宴会開始前に軽く一暴れしていたかもしれない。
 二年ぶりにアレが腕を揮うのは、この自分のための料理でなければおかしいのである。

「あれ、ゾロここにいたのかー」
 いくつめかの甕を乾したゾロの背に、聞き慣れた声がかかった。
「おう、チョッパー。どうした」
 二年前よりも背丈も高くなったチョッパーは、その背に何か荷物を積んでいる。
 なぜこんなところに石像が、と思い、すぐにそれが自分の嫁を象った人物像だと気付いたゾロである。
 というか、嫁本人だった。
「はしゃぎすぎて石化しちゃったけど、失血よりはだいぶマシだから良かったよ」
「…アホだな、全く」
 間抜けなポーズで幸せそうな顔をして固まっている嫁を、ゾロは呆れた半眼で見やった。
 だが同時に当然のように周囲の空き瓶を脇に退けて胡坐をかいた膝をぽんと叩いたゾロに、心得たように頷いたチョッパーが背に載せていた石像をひょいっと落とした。
 すぽ、とゾロの膝に納まった嫁は、相変わらず幸せそうな顔のままである。――石のままなのだから当たり前だが。
 いったいどんな状況で石になったものやら、大股開きの姿勢はしかしゾロの膝にジャストフィットしていた。今夜あたりチャンスがあるであろう(なければ作るまでだが)再会二発目―――ちなみに一発目はシャボンディで軽く済ませていたが、時間的制約があったのでゾロとしては不満が残る―――は対面座位から始めてやろうかと思うゾロだった。
「チョッパー、戻るなら戻っていいぞ」
「え、ホントか? ケンカしないか?」
 広間の方にどうやら新たに菓子の山が届いたようで、チョッパーがそわそわしているのに気付いてそう言ってやった。この嫁は確かにビョーキなのだが、具合が悪いわけでも怪我をしているわけでもないのにチョッパーが付いていてやる必要もないだろう。
「石像相手にどうやって喧嘩すんだよ」
 というか、密着お膝抱っこの体勢のゾロを見てする心配ではない。だがチョッパーはうんうん、と頷いて笑った。
「しばらくしたら元に戻ると思うから。起きてからならちょっとくらいはケンカしてもいいぞ」
「…どっちだよ」
「今回はルフィ以外誰も怪我とかしてないからな! だから心配ないんだ!」
 言われてみれば、自分もヨメも大きな騒ぎの後とは思えない無傷っぷりである。
 なるほどいつも満身創痍だった二年前とは違って、今ならチョッパーの心配にも少し余裕があるということか。
「それにちょっとくらいの怪我ならすぐ治してやれるぞ。おれの治療も前とはだいぶ違うんだ!」
 サンジのそれは治せなそうだけど、と眉をしかめるチョッパーに、ゾロは軽く手を振って応えた。
「こいつが手間ァかけさせて悪ィな。菓子がなくならないうちに戻ったほうがいいぞ」
「あ! たっ大変だ、じゃあゾロ、サンジ頼むな!」
 ぴゅう、と風の音を残して去って行ったトナカイは、どうやら医療技術だけでなく体術も向上していそうだ。満足げにその後ろ姿を見送って、それから膝に抱えた嫁に視線を移す。
 いつの間にか生身に戻った嫁は、やっぱり幸せそうな顔でまだうとうとしている。すぐ目が覚めるってわけじゃないのかな、と覗きこむが、嫁の頭はまだ至福の国にいるようだ。
 実際のところ、嫁はさほどイイ目を見たわけではないのだろう。ほんのちょっと女に懐かれただけでこの有り様なのは目に見えている。同じエロでもブルックなどはちゃっかりと人魚たちに囲まれて楽しそうにやっていて、もしかするとふざけて乳くらい揉んでいるかもしれない――人魚はパンツを穿かないので――というのに、この哀れなほどの落差。

 しかしこのアホは自分のヨメなので、何の問題もないが。

「おい」

 嫁を呼ぶのに相応しい――少なくともゾロの感覚では――呼びかけで、嫁を起こすことにした。絶品の美味い酒を池の如くに注がれても、どこか物足りない気分が残っていた理由は、自分でもよく分かっているのだ。

「起きろよ。ツマミが足りねェ」
「ん……?」

 むずむずと眉間に皺を寄せて夢の国から戻ってこようとする嫁を、にやにやと眺めるゾロだった。
 正確には足りないのはツマミではなく、美味いツマミを作るヨメ、なのだが。ゾロにとっては同じことなのである。


END





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