( 2010年11月・ZSオンリーで出した12ページのペーパーSS。
ちょうどWJで2年後再会・幼児語プレイがあった翌週がオンリーで、
滾りっぷりがハンパなかった )


21歳sの再会を祝うペーパー
2010.11.3


【手みやげ】

 二年ぶりに上陸したマングローブの島には、仲間の顔はまだひとつも見当たらなかった。
 つまり、自分が一番乗りだ。
「どこで道草食ってやがんだアイツらは…まったく世話が焼ける」
 クルーの誰か一人でも耳にしたなら鼻で笑われるか憤慨されるか、とにかく同意は絶対に得られないであろう独り言を呟いて、13番GRのバーを後にする。
 メンバーが揃うまで酒でも飲んで待っているという手もあるだろうが、なにしろ店の名前が『ぼったくりBAR』では一人で落ち着いて飲めそうな気がまったくしない。年齢不詳のママは「お金なんて取らないわよ♥」と笑うが、どうもあのテの女のいうことを真に受けようとは思えなかった。何かの拍子に法外な代金をふんだくられようものなら、航海士に嬲り殺されるのは確実だ。
「にしても…暇だな」
 残り八人のクルーが全員揃うのに、何日掛かるだろうか。
 自分の飛ばされた先の島からも、ここまではかなりの距離があったように思う。
 自分の場合はなぜかお節介なゴースト女が水先案内をしてくれたので思ったよりは早く着いたのだが、他のヤツらは一人で道に迷ったりして長い時間がかかる可能性もあるだろう。
 もちろん、誰についても心配などはしていないのだが。
「とりあえず…メシでも食うか」
 繁華街―――といっても島の地理など把握してはいないゾロは、ひとまず人の気配の多そうな方角へと足を向けた。



「いんやぁ兄ちゃん、よく呑むなあ!!」
 街の居酒屋かバーにでも入るつもりが、なぜかそれらしい街に行き当たらず、海岸を歩いていたら漁港に出た。人の多い気配へ向かって近道を来たはずなのに、どんどん賑やかな気配が遠ざかっていくとは、不思議な島だ。
 そういえばこの二年間を過ごした島も、やはり不思議島だったな、とゾロは思い返す。今回の集合のためにシャボンディ諸島を目指して船を出したのに、何度外洋へ向かってもいつの間にか元の島へと戻ってしまうのだ。七回ほど船出しては戻り、を繰り返して、結局シャボンディ諸島へ向かって漕ぎ出せたのはようやく八度目のことだった。
 ―――まったくグランドラインってのァわけの分からん島だらけだぜ、やりづれェ。
 そうぼやく剣士はもちろん、これまで自分がいた島が本当に『偉大なる航路』の中にあるのかどうかも知らなければ、一人で船出しては戻ってくるのを七回も繰り返したゾロを見るに見かねたゴーストプリンセスが、本来なら放っておくつもりだったのに厭々ながら八度目になって仕方なくシャボンディまで同行してやったという事情も知らない。
 もっともゴーストプリンセスのほうにしてみても、モリアや元の仲間の居場所の手がかりとなる情報がシャボンディ諸島にあるかもしれないと大剣豪に吹き込まれなければ、ゾロに同行しようとは思わなかっただろう。その場合おそらくゾロは永遠にこの島には辿り着けなかった可能性が極めて高いのだが、当然彼はそんなことも気にしてはいなかった。
 とにかく見知らぬ漁港に行き着いたゾロは、適当に飯の食える店を探して入ったのだった。漁師町だけあって食堂も簡素で荒っぽく、しかし昼間から安くて強い酒がいくらでも出てくるのはありがたい。
 かれこれ一時間ほどもそうして酒を飲みつつ魚の煮込みなどをつついていたのだが、つい先ほどからカウンターを占拠して呑み始めた地元民らしい漁師の一団が、見ない顔の若造に興味を持ったようだった。
「うっめぇだろー、オレらの獲ってきたブリはよぉ?!」
「あー、まあな」
 こんな立地の食堂なら目の前の港で揚がったものに決まっていて、新鮮な魚は刺身もフライもなかなかの味ではあった。なかなか旨い、と思いつつも満足しきれはしないのは、二年も離れた船での食生活があったせいだとは、さすがにゾロにも自覚がある。
 普通のメシとしては、確かに旨いのだ。だが自分は、普通ではないメシに胃袋を掴まれてしまっている。
 それを認めるのは業腹な気がして、決して口にはしないが。
「しっかし兄ちゃん若ェのに結構な貫禄だな。どうしたその片目ァ、カジキの角にでもやられたか」
「いや、おれァ漁師じゃねぇし」
「なんだもったいねェ、そのガタイなら相当稼げるだろうによォ!」
 昼間っから宴会状態ですでに酔いの回っているらしいオヤジどもが、そうだそうだと囃す。
 確かにこんな昼日中から呑んだくれていても文句も言われないってのは悪くねェかもな、などと、仲間に聞かれたら「今とどう違うんだ」と突っ込まれそうなことを考えるが、調子に乗って次の船に乗ってみっか、と言い出した親父には慌てて首を振った。
「いやオッサンら遠洋じゃねぇのか。船出したら次戻んのはいつだよ」
「さぁなァー、三ヵ月後か半年後か」
「赤んぼだったガキがなぁ、帰ると生意気なクチきくようになっとんのよォ」
「それならまだええ、うちなんぞ娘にムコが来とったわ」
 だっはっは、と席が沸く。陽気なオッサンたちだ。
「なんだ兄ちゃん、オンナが心配か? 半年や一年で女ァいなくなったりしねぇぞォ」
「兄ちゃんほどのイイ男ならなァ、どんな女だってちゃぁーんと待っとるだろうよォ」
「…いや、そういう問題じゃねぇが」
 待ってねぇかもなぁ、と素で返しそうになって言い直す。なんでおれが遠洋に出るって話になってんだ。おれのガタイはそんなに漁業向きなのか。
 つーか、半年どころか二年経ってんだよな。半年や一年はちゃーんと待ってるとして、二年はどうなんだ。いや二年ってのは不可抗力だったわけだが。
 待ってるもなにも、約束も何もしていないわけだが、それはどうなんだ。
「心配いらんて兄ちゃん、ワシらのとっておきの方法を教えてやるで」
 まるで心中を読んだかのようなタイミングで、一番年嵩らしい親父が言った。
「ワシらはな、いっぺんの漁でいっちばん良い魚は、市場にゃ揚げねぇのよ」
「ヘェ?」
「一番の大物はなァ、女房への手土産よ。手ぶらで帰りゃあ愛想尽かされても文句は言えねェ、その代わり大物手土産にしてりゃどんだけ留守にしてたって女房ァにこにこして出迎えるってもんさぁ」
 なぁ?と見回す親父に、そんだそんだと盛り上がって店中から乾杯の声。そんな単純なもんかね、と思いつつ、ゾロの脳裏に一瞬浮かんだのは満面の笑みで自分の身長ほどもあるホンマグロを捌く料理人の姿だった。
 ―――いやいや、おれはアレを嫁にしたいわけじゃないが。有り得ないだろうアレが嫁って。
 しかしでかい魚を捌くときのアレの表情は悪くないと思う。何に興奮するのか頬がガキみたいに紅潮して、長庖丁の先を見詰める瞳はなぜか潤んで、口許が両端できゅっと上がる。挑みかかるような、それでいて楽しくてたまらないというような、ありていに言えばエロい。食材に欲情するわけもあるまいに、メシ作っててエロいってのはどうなんだ。アホすぎる。あんなアホが嫁とか、有り得なさすぎる。
 ついでにアレはメシ作ってるときだけでなく、食材を選んでいるときからエロい。滅多にないが船長が食える海王類を捕まえたときなど、ほとんどうっとりしたような目で獲物を見る。ついでにゴム船長のこともうっとり見たりする。アホすぎてどうしようもない。アレはゴム船長の嫁にでもなるつもりなのか。
「……オッサン、」
 手土産か。
 二年ぶりの再会が、あのアホのあんな顔というのも、まあ悪くねェ。だろう。
「多分あと何日かのことなんだが、おれはいま、暇なんだ」
 突如として鬼気迫る低音でぼそりと言った剣士に、それまでわいわいと盛り上がっていた食堂は、しんと静まった。
「お、おう……?」
「遠洋はムリだが、…釣りがしてぇ」
 近くで大物の上がる穴場があるか、教えてくんねぇか。
 言葉の内容にそぐわぬ迫力で迫る若造に、これは何かの暗喩で、自分たちは何か脅されているのではないか、と―――その場の全員が思ったとしても、不思議はあるまい。
「つ、……釣り、か……?」
「おう。釣りだ」
 たとえ本人が、自分が一本釣りした「手みやげ」を受け取って喜ぶ料理人のことしか考えていなかったとしても。





【てはいしょ】

 海の向こうに、楽園が見える―――。

 メリー時代の船長よろしく、サンジは船首にしがみついて水平線上にぽつりと姿を現した島影を見つめた。ぽこぽことした巨大な木のシルエットに、のんきに浮かんでは消える無数の七色の玉。間違いない、あれこそ二年前に訪れた巨大マングローブの島だ。
「……長かった…―――」
 あれこそが楽園。パライソだ。ニライカナイだ。デーヴァローカだ。
 …いや、違う。あれは常世だ。ごく普通の、ごくありふれた人々が住む、ごくまともな世界。そんなことは分かっている。
 だが、普通でもありふれてもまともでもなかった世界から帰還した、いや帰還の真っ最中であるサンジにとって、その常世は楽園以外のなにものでもなかった。
 ―――ああ、久しく見なかったまともな世界―――本物の女性のいる島―――
 滂沱の涙を流しながら抱きつくビークヘッドさえ、女神を模した美女象ではなくグロテスクな厚化粧マッチョだが、いまのサンジにはそれを嫌悪する余裕すらない。不気味ではあるが、自分をこの楽園まで無事に連れてきてくれた船だと思えば感謝の念が嫌悪を凌ぐ。

「しーまが見えたわよぉーーーーぅッ」

 見張り台から拡声器も使わずに甲板中に響いた野太い声も、素で聞こえなかったふりだ。地獄の島での二年間を越えて、いま乗り込んでいるのは地獄の船、いわば地獄の出張所だったが、それもあと数時間の辛抱だと思えば一抹の寂しさ――は覚えないが、耐えることくらいはでき――
「さーんじきゅん、あちしたちとのお別れが辛くて泣いちゃったのぉーう?」
「んなワケあるかァ!!!」
 嬉し涙に決まってんだろがオロすぞクラァ!
 振り返って叫ぶサンジに、「強がっちゃってェ」「ツンデレ?」とクルーが沸く。
 サンジをシャボンディ諸島へ送り届ける長い船旅に同行しているのは、カマバッカの「乙女」たちの中でも特に精鋭の屈強な猛者どもだ。この二年、地獄の苦行に耐えてきたサンジでも、少々迫力負けの感は否めない。
「大丈夫よサンジキュン、あちしたちサンジキュンのことゼッタイ忘れないわっ!」
「そうよそうよ、サンジきゅんのあーんなコトやそーんなコト…絶対に…どゅふふふふぶぶぶへへへへ…」
「忘れろ! つーかおれは忘れる! 忘れた!! いまこの場で全部忘れたいイイィィィィィ!!!」
 ハンカチの端を噛み締めたオカマや怪しい含み笑いのオカマに囲まれて、泣き崩れるサンジは自分も乙女な内股で甲板に座り込んでいることにはまったく気づいていなかった。



「待ち合わせの場所は決まってるのぉーぅ?」
 倉庫の在庫整理を兼ねて、その日の昼食は超豪華メニューになった。サンジがこの船で作る最後の料理でもあり、二年間の修行の成果の集大成でもある。屈強な「乙女」たちは揃いも揃って健啖で、尋常ではない量をしんみりしながら瞬く間に喰らい尽くした。
 デザートのケーキは一人一ホール。サニー号のキッチンに匹敵する巨大オーブンをもってしても、人数分を焼くには数回が必要で、順番待ちの最後の五人が指を咥えて(ついでに涎もだらだら流しつつ)サンジの手許を見つめている。
「いや、そんな余裕なかったしなぁ」
「それもそーよねィ」
「ま、心当たりはあるし、問題ねぇだろ」
 粗熱の取れたスポンジに手早くデコレーションを施しながら返事をしたサンジは、だみ声の嬌声を上げる最後の五人の前に完成したケーキを分配した。
 ほとんど一口でホールケーキを平らげた「彼女」たちが、ごちそうさまの代わりにサンジに投げキッスを投げる。飛んできた岩石のようなハートを見事な包丁捌きですべて打ち返して、サンジは「食ったらとっとと接岸準備行けよ」と笑った。
「ああん、サンジきゅん最後までツレないいぃぃぃん」
「こんなにかたくなに誰にも靡かないなんて…やっぱりお船にイイ人がいるのねェ? ね?」
「いなくてもなびかねェよ!!」
 もちろん船にはナミすわんとロビンちゅわんがいるけどォホホホホ! あーもうすぐ逢えるねなみすわんロビンちゅわん!!
「ああ、二番目と三番目ね」
「…は?」
 二番目と三番目?
 くるくると全身で回っていたのを止めてきょとんと首を傾げたサンジに、島の女王ほどではないがかなり顔面面積の大きい船長が、ずい、と寄る。
 それに思わず退いたサンジの尻ポケットから、丸められた紙の束をすばやく引き抜いた。
「ひょえわ?!」
 ついでに尻をひと撫でされて奇声を上げたサンジにカマわず、その場に残っていたオカマたちがなになになになに、と集まってくる。
「あら、手配書ねン?」
「サンジキュン、ホントに仲間想いよねェ♥」
「いつも寝る前にみんなの手配書一枚ずつ眺めてたわネェ……泣けたわァ……」
 ぎゃーーーー! なんで知ってんだ!! サンジの叫びをよそに、船長が手配書の束をくるくると広げる。
「あン、何度見てもイイ男♥」
 一枚目の凶悪な剣士の顔が見えた途端、サンジは床に撃沈した。

「いつでも広げて一番に見られるようにしてるなんて……サンジきゅんって本当にケナゲ♥」


ああ、違うんですナミさんロビンちゃん、決してお二人の顔を見るのが後回しでいいなんて意味じゃなく、そう、一番上にしていたら一枚ずつしかない手配書が傷むから…お二人のお顔に折り跡なんかついたら大変だから…そう、だから、だから一番折れたり破れたりしそうな一枚目はクソ剣士にしてあるんです…それだけなんです…決して他意は…決して…落ち込んだ時にまず見たいのがクソ剣士の不敵な写真だとかそんなことはなくて…いつもクソ剣士、ナミさん、ロビンちゃん、アホ船長、ウソップ、チョッパー、変態ロボ、エロ骸骨の順番に眺めたあとでまたクソ剣士を上に戻してしばらく見つめてたとかそんなこともなくて…本当なんですナミさんロビンちゃん…おれの心の支えはいつだってナミさんとロビンちゃんだったんです…本当です………


 キッチンの床にへたり込んでぶつぶつと呟くサンジを微笑ましく見守ってから、オカマたちは接岸準備のためにぞろぞろと甲板へ出て行ったのだった。

「心配要らないわサンジキュン、あんたの花嫁修業は十全にカンペキよ♥」
 そんなとどめの一言を残して。




【カタコト】

 二年経ってもこいつの脳ミソは筋肉のままだった。

 ―――まあ、どうしたって筋肉が脳みそに変わるわけはないんだから、当然っちゃ当然か。むしろ安堵しないでもない。こいつはダメさ加減までブレない安定感のあるヤツだ。
 漁港で「たまたま」合流してから、サンジは目を離すとどこへ行くか分からないダメ剣士を連れ回すことにした。ボンバッグがあるから買い出しに荷物持ちはいらないが、釣りがしたいといって海底へ一人だけ先に行ってしまいそうになるファンタジスタをみすみす一人にしては、次に合流できるのは何年後か。
 別に自分はそれでも構わないのだが、ナミをはじめとしたクルーたちに詰られるのはその場合おそらくゾロの行動ではなく、目を離した自分の失態のほうだろう。
 要するに、幼児のお守りだ。
 そう開き直れば、妙に釣りに固執するアホな剣士を連れて市場を巡ることくらいはなんでもない。
「おれは釣りが…」
「しつけェ」
 いつまで言ってんだ、と睨みつけると、ゾロは仏頂面のまま目を逸らした。左目は開かないようだが表情まで失われてはいないらしく、吊り上った眉が不満を訴えている。
 思えば合流してからこっち、ゾロは珍しいほどあからさまに機嫌が悪い。笑顔で再会を喜べとは言わないが――というかそれは想像しただけで気味が悪い――、二年ぶりに顔を合わせた仲間に対する態度としては最悪だ。
「つーか」
「あ?」
「お前、なんか拗ねてんの?」
「バッ…」
 バカ言うな、という言葉を飲み込んで、また視線を外す。いったんそう思うと、もう拗ねているようにしか見えない。
「なんでそんなに釣りがしてェのよ。意味分かんね」
「…暇だからだ」
「もう出航するんだぜ? あとルフィが着いたら全員揃うんだから。つぶすほどの暇なんかどこにあるよ」
「…ルフィがいつ来るかは分かんねェだろ」
「三日後かも知れねェしもう着いてるかも知れねェけど、あのアホ船長だぞ? のんびりまともに出航できるわきゃねェだろうが。もういつ出航になってもいいように万全で待機しとく段階なんだよ。ったく暇暇ヒマヒマって、テメェはあのヒマツブシのオッサンかっつーの」
 まくし立てるサンジに何か言い返そうとして結局口を挟めなかったゾロは、なぜかサンジの持ったボンバッグの中の、魚屋で仕入れた大量の魚箱を見上げながらぼそりと呟いた。
「……釣り」
「サニーに戻ったら好きなだけ釣りやがれッ!!」
 そんな暇があったら、だがな!
 意味不明なほどしつこいゾロにさすがに頭にきて、サンジは捨て台詞とともにそのままゾロを置いて行こうとして―――すぐに思い直して戻っては来たが、だからその時ゾロがもごもごと言った言葉は耳には入らなかった。
「―――それじゃ意味ねぇ」



 確かにサニー号に戻って釣りなどしている暇はなかった。
 巨大鳥に乗って迎えに来たチョッパーとともにルフィを伴って戻った船には、すでにクルー全員が揃っていて、あとし海底に向けて出航するのみ、という状況。
 あっという間に海中へ潜り、ナミの指示で帆の調整に走り回って、海上とは違う海流に乗る船の勢いと揺れに翻弄されながら船のすぐ傍を大型の魚や海獣、あるいは海王類が行きかうのを見るが、コーティングの外側まで釣り糸を伸ばしていいものかどうかも判断がつかない。さすがのゾロにも、コーティングの向こうへ斬檄を飛ばせば船もろとも大破するだろうとは想像がついた。
 そんなわけで、またもや釣りは断念だ。
 おかしい。時間は十日以上もあったのに、なぜ自分は結局手ぶらなのか。
「マジで意味分かんねぇ。この二年で釣りマニアにでもなったのか、お前。毎週『釣りロマン』でも観てたのか?」
 コーティングの向こう側を大物が過るたびに険しい目を向けるゾロの背に、呆れたような声が掛かった。
 気取られないようにしていたつもりだが、いまだに未練たらしく獲物の気配を追うゾロに気付くあたり、サンジも以前よりも気配を読むのに長けているようだ。
「でかいマグロもハマチも仕入れたし、珍しい海獣の類も結構手に入ったし、しばらく食いモンには困んねぇ。何をこんな海中に来てまで獲物探してんだ、テメェは」
「別にいいだろうが」
「そりゃ、次の島に着くまでに食糧が心許なくなりゃ、釣りでも狩りでもしてもらうけどよ?」
「だからそれじゃ意味ねぇ」
「…意味。イミ、なァ……」
 今だとなんか意味があるわけか? この時点でおれにはさっぱりイミフメイだけど。
 言って、サンジは煙を空へ――といっても海中だからコーティングの中だが――吹き上げた。
 今のところ海底への航海は順調だ。サニー号は海中を滑るように下へ下へと潜っていく。コーティング越しに見る海水は時折色合いを変え、視界に入る魚群や大型の生き物もその都度種類が変わり、相変わらず船首に張り付いた船長を囲んで男共は馬鹿騒ぎ。女たち二人もこの光景には目を輝かせていて、先ほどコックが給仕した紅茶を片手に海中を覗き込んでは何か言って笑っている。
 まるで二年の空白などなかったかのような。
 昨日までも今と同じように、こうして全員揃っていたかのような感覚さえ覚えるほど。
 ―――とはいえ、隣に立つ男も自分も、二年前とは違っている。確実に以前とは質の違う気配を身につけているのだが。
 確かに意味不明だ、とゾロは心中で頷いた。海岸で済し崩しに再会して、いつも通りに戦闘をして、すでに日常と呼べる時間が始まってしまった。感動の再会タイムはお流れで、これからゾロが大物を釣り上げたとしても、「手土産」として扱われるタイミングはとっくに過ぎ去っている。すでにそれは、通常の「食糧補充」でしかないのだ。
「あァ…確かにな」
「何なのよお前、感じ悪ィなぁ」
 一度吸い込んだだけの煙草を、サンジは手に持った灰皿に押し付けて消した。コーティング船の空気は有限だから、おれはこれからしばらく禁煙だ。いらいらすっから、あんま喧嘩売ってくんなよ―――そんなふうに偉そうに釘を差す。
「いつまで不機嫌なツラ晒してんだ、アホが。そうでなくても顔の凶悪度上がってるくせして―――」
「ほっとけ」
 憎まれ口も二年ぶりだ。顔には出さないが、やっぱり悪くねェ、と思う。予定とはだいぶ違うが、問題ない。
 コックは相変わらずアホっぽくピヨピヨしていて、しかしより強くはなったようで、たぶんメシも変わらず旨い。手土産で喜ばせることはできなかったが、何の問題もない。
 ゾロの気分が緩んだのが伝わったか、サンジもふん、と鼻を鳴らして黙り込んだ。
 二年間、どうしてた、とか。
 気軽に報告し合えるような間柄では、ない。前方甲板では船長と狙撃手と船医が早くもこの二年に起こったことの報告大会を――何割かは嘘混じりで――始めているようだが、自分も横のコックも、訊かれた以上のことをお互いに語るようなことはないだろうと思えた。
 知りたくないというわけではないが、今ここにこうしているということ以上に、必要なことなどないからだ。
 不意に、あーーー、とサンジが息を吐いた。何かを言いたいように、あるいは言いづらいように、口を開いたり噤んだりしている。それに合わせて両手が意味もなく動いているのがおもちゃっぽくておかしい。何だよ、と促すと、「なんつーか」と口元を緩めて俯いた。


「お前」
「無事」
「おれ」
「嬉しい」

 …分かるか?
 開いた片手の指を折りながら小声で一語一語発音してから、やっと目を上げたサンジを、ゾロは呆気に取られて見返す。
「…だからなんで片言だよ」
 つーか何なんだテメェ、いったいこの二年で何がありやがった?! 二年間、どこで何の修行をしてきやがったんだ、デレか、デレの修行なのか?!
 あまりの衝撃にそれ以上の言葉を継げなくなったゾロに、別に、と答えてコックが背を向ける。耳たぶが赤く染まっているのはあまりにもお約束で、お約束だけに破壊力も半端ではなかった。クリティカルヒットを喰らって瀕死の気分を味わいながら、ゾロはとっさにやはり真っ赤に染まった首筋を片手で掴み寄せた。



「よし
今夜
お前
覚悟しろ」



 二年ぶりの航海は、なべてつつがなくはじまったのだった。


Von Vorage!!





↑ ページトップへ